2017年10月6日金曜日

肚でかもす

腹立つ事も、悲しい事も、言葉に出来ない感情も、全部肚で醸してやる。

そういう気持ちがようやく戻ってきた。

国家の力をアピールするために東大寺に建てた大仏に塗る金箔の原料が足りないからと言って、征夷大将軍が今の福島に攻め込んできたのは今から千年以上前のこと。

彼ら国軍から蝦夷と呼ばれた原住民達のチーフであるアテルイとモレは、和平調停をするという約束を信じて京都に出向き、その場で打ち首にされた。

町のど真ん中の橋の下で、ノコギリで首を切られた。

それ以来、福島以北の土から鉱物が掘り起こされ、首都であった奈良京都に運ばれ続けた。
そして現代、福島の地に作られた原子炉から、首都東京にエネルギーが送られ続けた。

千年は、遠い昔ではない。

変化を起こす意志と行動がなければ、同じことが繰り返される。

医学界は命のためにあるもの。

しかし厚労省がそうだとは、僕は思っていない。

第二次大戦中に中国人を捕まえては「丸太」と呼び、八つ裂きにし、薬物を投与し、他国軍がたじろぐぐらいの人体実験を行い、様々な薬物についてのデータを取り続けていた「731部隊」の高官達が「アメリカの言うことを聞く」という約束を交わして無罪になり、彼らが作ったのが厚労省とミドリ十字。
世界的に見れば、製薬会社は生物兵器や枯葉剤、マスタードガス、放射線兵器を作る技術を、そのまま医療・製薬のビジネスに転用している。それらを推進するWHOは、人口を減らす事にやっきになっている。

しかし、医師は心と魂を持つ個人だ。

その昔、国の言うことを聞かずに、独自に薬草学や気学を使って民の病を治していた人たちは「国家にとって脅威」とされ、「鬼」などと呼ばれて迫害を受けた。鬼の一部は、メディスンマンであり、シャーマンであり、ブラックジャックであり、魔女だ。
今、放射能から命を守ろうという人たちは、いわば鬼扱いを受けていまいか。

いわきにある鬼ヶ城にはこんな看板がある。
「当時、ここには鬼と呼ばれる国家の言うことを聞かない人たちがいました。彼らは地元の人たちからも嫌われていました。しかし朝廷軍が彼らを退治しました。」
この看板を見て、放射能から子どもを守る活動をしている女性が「鬼って、まるで私たちのようですね」と言った。

そういう歴史を、そのままにしてきたのは、国家ではなく個人だろう。

鬼が迫害されるさまを、黙ってみてきた従順な人たちが、この歴史を作ってきた。

海賊、山賊、鬼。

海旅Campの代表は、海賊の集まる下関の、暴走族の元リーダーだ。
国家教育に違和感を覚えて高校を中退したようなやつが、保養の現場を続けている。

そういう時代だ。

あきらかに国家から「海賊扱い」されているような、上関原発建設計画を止めようとがんばる、祝島のおばあが「殺されるかもしれないね。でも、死んだら化けて出るから大丈夫。」と笑い飛ばす声が、海に響く。

Spirit never die .

歴史を、his storyにしてはいけない。

私たちの物語は、私たちが作っていくものだろう。

嘆きも悲しみも怒りも、ぜんぶごった煮の味噌煮込みうどんにして食って血肉にしてやろう。

魂が国家に屈することはない。

いくさも弾圧もすべて醸して味噌にしてやる。

みそ作りで忙しいのでいくさに加担する暇はない。

踊りで忙しいので、踊らされる暇はない。

いくさに出す味噌はない。

いくさに出す塩もない。

一瞬たりともいくさに加担するつもりはない。

今までも、これからも。

たとえ殺されようと、魂は死なない。

先人たちの歩んできた、いくさからおりていく道をたやさぬ事以外に、することはなし。

未来永劫平和を希求。その道は自分たちで作るので大丈夫の大成功が約束されている祝福の道だ。

2017年10月4日水曜日

保養と医療についての思索というか悲しみ

「風フェス」終わって、またひと波。

甲状腺検査を受けた方から主催者に連絡がはいる。
結果を受けて、検査をしたドクターが福島県内のとある病院宛に書いた紹介状が、拒絶されたとのこと。

1つ目の理由は、検査をしたドクターが総合病院勤務でないから。
このドクターは国家資格を持ったれっきとした医師なのですが。

2つめの理由は、「保養先での検査レベルでは検査と認めない」とのこと。どこの病院に行っても検査をしてくれない。だから保養プロジェクトの中で、専門医を呼んで検査をしている。しかし、その検査は検査と認められず、医師は医師と認められない。

これらを理由に「あなたのことを診察しません」と言われた人の気持ちがわかるだろうか。

こういったケースが6年間の間に山のように蓄積しているのだろう。

声なき声が、出せない悲しみが、どれだけあるのだろう。

人を救う為の医学界が、どれだけの人間に悲しい気持ちを味あわせてきたのだろうか。

業界に圧力をかけ続けている政府や原子力村の人たちは、自分たちの選択によってどれだけの人たちを命の窮地に追い込んでいるのか、分かっているのだろうか。

ある医師は、保養企画の中で甲状腺検査をしていることが理由で、「放射線学会」からの除名を勧告されている。

僕はこの検査に立ち会って、紹介状の手配や病院のリサーチをした立場として、この出来事に当事者として関わっている。

甲状腺検査の現場で、こういうことが起きている。

初めて身にしみた。

検査のスタッフをしてみて初めて分かること。

検査のベッドに横になる時に湧いて来る、なんとも言えない不安と孤立感。

それらの不安を少しでも軽減しようと努力しているスタッフ達の気遣いと思いやり。

今回検査を担当したドクターは、四国から手弁当でやってきてくれた。

ひとりひとりの思いと、具体的な行動が、簡単にはねのけられ、踏みにじられていく。

言葉にできない感情とは、こういうことを言うのだな。

・・・実名は出さない。

病院名も、医師の名前も、何も出せない。

追求も詮索も、しないでほしい。

たぶん出しても何の得にもならない。

ゴシップか、ワイドショーのように、外野から騒がれて終わるだけだ。

騒がれるだけで、手は差し伸べてもらえない。
そういう気持ちを6年間募らせてきた人たちがいる。
「助けるつもりがないなら、そっとしておいてくれ」
と言う言葉を、何度も聞いた。

そして、誰をバッシングをしたいわけでもないし、攻撃したいわけでもない。

大事にしたいのは、これらを体験したひとりひとり。

検査を受けたひとりひとり。

この場とつながる当事者である、自分を含めたひとりひとりが感じていることを、しっかり未来につないでいくこと。

被ばくから命を守りたい、と思うものたちの狭く小さな繋がりの中で、なんとかその気持ちが折れないように、支え合うしかない。

そして、僕は改めて、未来のために改憲とか安保とか消費税とか言っている人たちに
「これから起こるかも知れないことにどう対応するかより、今起こっているこれらの現状に対してどう思うのか。何か対応をするつもりがあるのか。」
を聞きたいし、その態度によって、彼らを「代議士」として信用できるかどうかを決めたいと思った。

どんないいこと言ったって、どんなに素敵な希望を語ったって、今ここにある絶望に、今ここにある嘆きに寄り添えない綺麗事は、何の薬にもならない。

今起こっていること。
今みんなが味わっていること。
それに寄り添ってこそ政治家だろう。

代議してほしい。
有権者たちが味わっていること、声に出せない声を、代わりに出してほしい。
それが、代議という仕事だろう。

混乱する政局の中、改めて、シンプルなところに立ち戻りたい。

2017年9月28日木曜日

保養、選挙、、

今週の土日は新潟にて、健康検査、免疫力アップイベント、交流、医療相談などを盛り込んだ保養企画、通称『風フェス』のスタッフ。
僕は用務員とみそ汁づくりと養生話とエコー検査助手。
被曝対策のためと思えることはなんでもやりたい。

今は、保養が意味があるかどうかという議論や、保養の理想的なあり方はどんな形か、といった「議論」をすることよりも、それぞれがやりたいと思うこと、それぞれが意味があると思うこと、それぞれが「出来ること」の範囲を大切に、できる実践、経験を積み重ねていくことが大事だと思っている。

得てして議論は対立を生みやすい。
どっちがいいかとか、こういうやりかたはいいとか、わるいとか。

今は、対立している場合じゃない気がする。
原発が何基も爆発して、その事故が未だに収まっていないって、相当な緊急事態が続いている時。

「火を消すには、バケツリレーが効果的か、ホースを使うのが効果的か」って、手を止めながら議論しているとか、ないでしょー。

でも実際は、多くの実際のケースとして「保養をしている」とか「保養に行っている」というだけで、社会的に何らかの差別を受けるということが起こっている。

だから、保養の現場のことは、伝わりにくい。

そして改めて、保養の現場で起こっていること、保養の現場を持つ者が感じている事、体験していること、気づいていること、そろそろテキスト化したりしていったほうがいいんだろうなーという気持ちを持って、今回は現場に入ってみる。

せめて、保養に思いを寄せる人たち、理解や共感を寄せようとしている人たちとの間で、何か分かち合えるものがもっとあるんじゃないかと思い始めている。
そういうことは、不特定多数に無軌道に広まるSNSで共有するよりは、ブログか、印刷物としてシェアしていくのがいいのだろうなと思ったり、ある程度練り込んだものを作って、SNSで「そういうものができたよ」と知らせるのがいいのかもと思ったり、している。

このあたりは、とてもデリケート。

なんでもかんでも語ればいいというわけではない。

「被災者は今こんな状況だ。」
と語ることで、そういう状況ではない被災者の抱えている実情や思いが掻き消えることもある。
ひとりひとり、抱えているものが違う。
一般化はできない。
一般化して、思考停止を生む、ということはよくあることだ。

「高江に住む人達はみんなこんな気持ちなんだろう」
とか、ざっくり、みんなこう、というように、誤解を生むことはよくあることではないだろうか。

「フクシマ」という言葉を嫌う人も少なくないと認識する。
「フクシマが可愛そう」
「フクシマを元気に」
「フクシマの人たち」
その謎の、架空のアイコンについて語ることで、ひとつひとつの細かな実像にピントが合わなくなっていく。

「311」という言葉も、そう。

「311が起きて以来」という語りは控えたい、と思っている。

津波のこと?

地震のこと?

原発事故のこと?

さらに、津波、と言ったって、各地で起きていることは、全然違う。

それらを一括りにすることで、解像度が粗い、漠然としたイメージを伴うアイコンが出来上がってしまう。

現場や現実や個人が、埋もれてしまう危険性を伴うアイコン。

保養を語ることの難しさの一つは、具体的な現場や現実や個人について語ることができるのか、というところにもあるだろう。

具体的にひとりひとりの実情を語る、というと、今度はプライバシーということが出てくる。

語ることで、明るみに出すことで、望ましい効果を産み出すことはありえるし、
そうやって個が立つことで、各地での裁判や交渉は今も続いている。

しかし、それが出来る人たちと、それが出来ない人たちが居ることも現実。
そして、出来る人は素晴らしく、出来ない人は素晴らしくないという判断はできない。
何かをすること、しないことは、自由だ。
何かをしなければいけないという義務や、しなければ劣っているという差別を、
放射能汚染という被害を受けながらさらに課せられるとしたら、そんなおかしなことはない。

今の状況は、何か悩みを抱える人が、そのことを話せなかったり、話しにくかったり、
孤立しやすい(バッシングすら受けやすい)傾向にあると思う。

「それは本人の問題だ」
「話し方、伝え方、あり方の問題だ」
という話もあるけど、それも酷な話だよな、とも思う。

「その話はしてはいけない」という暗黙の空気感を、僕はどうしても感じてしまうし、
保養の現場などで出会うひとりひとりの話を聞いていても、そのことを現実として感じてしまう。

「放射能」という言葉が出しにくい空気は、やっぱり不自然だし、政治決定や経済的バイアスの影響によって作られている不自然さだとも思う。

この空気がこのままであるなら、現場、個人の実情を明るみに出すことで、孤立やバッシングが強まる可能性もある。

だから、伝えにくい。

言葉にしたり、文字にしたり、知ってほしい人に伝えることをすることが、難しい。

そして、この空気を作っている原因の一つであるであろう「政治」の現場にいる人たちに、
伝えることを、コツコツとしていかなければいけないな、とも思っている。

具体的に、収束作業員の状況を例に挙げてみる。
どう考えても自分たちの労働条件がひどいと思っている作業員がいるとする。
そのことを明るみに出すことで、その企業が収束作業を請けられなくなるとう状況を作る可能性がある。
そうなった時「ここで働けなくなったら、仕事がない」と言っている高齢の作業員が同僚にいた場合、
彼は明るみに出すことより、その状況を我慢しつづけることを選ぶ可能性がある。

明るみに出すことで、自分の職場が失われること、社会的ポジションが失われることを恐れる場合と、
周辺の人間を巻き込むことになることを恐れる場合がある。

これらの例は、具体的に、収束作業員達と接触、やりとりをしている人から聞いた話を元にしている。

被曝労働者が激増していること。

一部の地域で「やっぱり被曝の影響が出ているかも」と思い直している人が増えていること。
色んな変化が起きている。
そして、関心のない人には全く関係ない話になっている。

知りたい人だけが知っている話になってきている。

関心を持てなくなってきた、と思う気持ちも、とても理解できる。

疲れや諦めや絶望、嘆き、それらをかき消すことも、励まして無理やり取り去ることもできない。

思っていること、感じていること、体験したこと、それらを共有できる空気を願う。

その空気を作っている原因であり、空気を作ることができる可能性を持っているものでもあるのが、政治なのだろう。

山本太郎議員や川田龍平議員が、国会本会議や委員会の中で、被曝、原発、被災者、という言葉を放ってくれていることが、どれだけ僕達が暮らしや活動の現場でそれらの言葉を使って動いていくことの、支えになっているか。

そういったひとつひとつの発言や質問や、その準備や、関連する話し合いの場を作ることを続けてくれている取り組み。

もしそれがひとつもなかったら、と思うとゾッとする。

今の政治に対する不満や絶望。
そこに気持ちが向くことを止めることは出来ないだろう。

でも同時に今大事なことは、今ある有り難いもの。
そこにつながって、それを増やしたり、育てたりしていく道を描きながら、ひとつひとつの選挙を見つめたい。

衆議院の中にも、原発ゼロを掲げ続けている近藤昭一議員を始め、ハラスメントを受けながらもその立場を変えず、発言や行動を続ける人たちがいる。


そういう状況の中で、僕にとっては相変わらず選挙となったら「被曝のことを話せる空気を作れるかどうか」が唯一の判断基準になっていくんだろう。

そこについて話せない候補者や政党は、応援できない。
できない、と書くと否定的に聞こえるかもしれないけれど、その気持を抑えることは今のところ難しい。
しかしそこで拒絶はしたくない。
そこで対話を止めるのではなく、粘り強くそういう問いを投げ続けたい。

できれば自分たちのコミュニティから代表者を送り出すような政治との関係性を作っていきたい。
でも突然やってくる解散選挙に毎回対応することは、本当に難しいとも思っている。

そして長い目で見た時に、、自分たちのコミュニティを形成していくこと、育てていくことを、
どんなタイミングでどんな形で政治に関わるにせよ、その土台としていたい。

政治で決定されたことを、実践する現場はコミュニティ。

被曝について語れる空気を政治が産みだしたとして、その空気を作り、育てていくのは現場。

現場で育まれるものが政治を作るし、政治が作ったものを育むのも、現場なのだと思う。

やれることは小さい。

でも、小さいことを積み重ねていく現場こそが、政治の土台なんじゃないかな、とも思う。

ひとつひとつの暮らしの中で育てていけるもの。

ひとつひとつの現場でできること。

そこで生まれる人と人のつながり。

そのつながりの質を、政治の質に反映させていけるように。

保養という取り組みに関わっていると、絶望することも多い。

「保養に関心があるということがわかるだけで家族や親戚から責められるから、名前は言えないのだけど」
という相談が最近入ったと聞いた。

そういうことのひとつひとつと、直接出会ってしまう現場。

でも、恐れることと逃げることを履き違えないようにしたい。

恐れながら、関わっていたい。

自分の中に湧いていくる怒りや恐れと共にあることで、
誰の中にもそれがあるということを、少し理解できるような気がする。

繊細で、デリケートで、センシティブなテーマだということを大切に、
ひとりひとりの、あるがままの心境を大切にしながら、
伝えること、明るみに出すことを、意識し続けたい。
世界のすべての場所から孤立するヒバクシャがいなくなる世界が必ず待っているから。

生涯被ばくと関わり続ける


今週の土日は新潟にて、健康検査、免疫力アップイベント、交流、医療相談などを盛り込んだ保養企画、通称『風フェス』のスタッフ。
僕は用務員とみそ汁づくりと養生話とエコー検査助手。
なんでもやるっす。被曝対策のためなら。
保養の現場で起こっていること、保養の現場を持つ者が感じている事、体験していること、気づいていること、そろそろテキスト化したりしていったほうがいいんだろうなーという気持ちを持って、今回は現場に入ってみる。
そういうことはSNSに書いてもあまり意味を持たない気がするので、ブログか、印刷物としてシェアしていくのがいいんだろうな。
ある程度練り込んだものを作って、SNSで「そういうものができたよ」と知らせるのがいいのかもね。
被曝労働者が激増していること。
一部の地域で「やっぱり被曝の影響が出ているかも」と思い直している人が増えていること。
色んな変化が起きている。
そして、関心のない人には全く関係ない話になっている。
知りたい人だけが知っている話になってきている。
そういう状況の中で、僕にとっては相変わらず選挙となったら「被曝のことを話せる空気を作れるかどうか」が唯一の判断基準になっていくんだろうな。
そこについて話せない候補者や政党は、応援できないし、そこで対話を止めるのではなく、粘り強くそういう問いを投げ続けたい。
被曝。
このテーマは、おそらくこれからの数十年間、僕にとっては人生の関心事のトップ1であり続けると思うから。

2017年9月20日水曜日

葉月新月、彼岸の入り

今日は葉月新月。

秋の真ん中の月が始まります。


そして今日は秋の彼岸入り。
彼岸はあちらがわの岸。
真東から日が昇り、真西に沈んでいく太陽。
西方浄土とつながる彼岸。


新月は日と月がほぼ同時に昇って、同時に沈みます。
今日は中津だと5時半過ぎにまずは日が沈み、その約10分後に月が沈みます。

日月が一緒に沈んでいく時、心静かに手を合わせる。
今日からの彼岸7日間、いにしえの人びと、先祖、先人、
去りゆくものへの感謝と御礼を捧げる時間を大事にしたいと思います。



2017年7月28日金曜日

武器を農具に

僕の住む中津から、みそ部畑のある箕面まで電車で30分。
畑に通い始めた頃、むき出しの鍬を背負って電車に乗っていた。
電車に鍬。違和感あるなー。奇異なものを見る視線も感じた。


植え替えるための苗や収穫したハーブを持って電車に乗る時も、
泥や土が着いた服で乗る時も、同じような感覚を覚える。
畑と家を往復する中で味わう、何とも言えないアウェー感。
誰もが食べる野菜や米。
なのに、それらを作るための道具を持っていると違和感がある社会。
農と暮らしが溶け込みにくい、土や泥や生命の匂いが排除されつつある社会。
農具を染めようかと思った数ある理由の中の一つは、
「どうせ視線が来るなら、鍬や鎌や鉈(ナタ)を”なんだかよくわからない棒”にしちゃえ」と思ったから。
そして「これなんですか?」と聞かれたら大豆畑の楽しい物語を話そうと思ったから。
そしてもう一つ思ったことがある。
農具として鉄器が導入されてから、武器としての鉄器を作る技術も普及し、戦さが増えていったという話。
確かに鍬や鎌や鉈、振りかざされたらひとたまりもない。
電車に乗っていて「ギョッ」とされる、その気持ちもわからないでもない。
そしてこうも思う。
そもそも、植物や動物や微生物たちにとって、これは紛れもなく武器。
鍬で根っこを断ち切る時、鎌で草を刈る時、うっかり蚯蚓を寸断した時、「生きるために殺している」という行為の主体としての自分を思う。
機械に任せる事、薬に頼る事で「私たちは生命を殺している」という実感が薄れていく。
農具という武具を用いて自らの手で殺傷する。
腕に残る手応えと実感。当事者性。
お互いの死滅と生育に深く関与しあっている自然の一員としての自覚。
誰がどんな農法や製法で作ったものであれ、
私たちが日々食べているものはすべて、
どこかの誰かがこのいのちのやりとりをしてくれているおかげさまで、
食卓に運ばれてきている。
「いただきます」「ごちそうさまでした」の祈りと合掌に繋がる、いのちのやりとりの道。

「すべての武器を楽器に」
という言葉を思い出し
「すべての武器を農具に」
という言葉が浮かんだ。



追記:
7月30日 18時〜21時
「冨貴夜市」@冨貴工房で農具を麻炭で染めるWSを開催します。
https://www.facebook.com/events/2032081537019907/
土用は消化力を高めたり、腸内細菌たちが喜ぶ栄養をたっぷり摂るとき。
命をありがたくいただき、しっかり血肉にしていけるよう、
ふるまいみそ汁など用意したいと思います。

2017年6月28日水曜日

修復的ひととき

今日は箕面の畑で米糀の為の田植えのつもりでしたが、雨天延期。

という事で空いた時間を使って空いた穴をリペア。

ヘンプジーンズのケツを藍染の糸でラフにダーニング。


糸を刺す時間は瞑想的になりやすい。SNS上で見かけて気になっていた投稿や、モヤモヤと残っていた不快感を見つめなおしたり、捉え直したり、心のリペアのような時間がもらえる。

田畑に立つ人達は、こうやって心のスペースを作ったり、道具や心をつくろってきたのかな、なんて思ったり。


自然界に予定は立たない。


あるがまま、今ここに授かった時間の中で、その時に心に浮かんだ事に応じて生きていく。

そういう事も全部ひっくるめて、自然農とか有機的とか言うんだろうな。

ケツに穴を開けたり、教科書通りの刺繍なんて出来ねーという自分をそのままに、同時に「もっと上手くなりてー」と思う自分にも正直に、いこうと思う。



2017年6月6日火曜日

オーダーメイドについて思うこと


衣服の世界は飲食の世界と同様、とりあえず沢山作って、余ったら捨てる、ということが横行しています。
 

しかし僕は、一点のムダもなく、すべてを丁寧に作って、丁寧に使ってほしいと思っています。

そして、出来れば一度生み出したものは、縫い直したり、染め直したりして、大事に使ってほしいし、僕自身そのように使っていきたいと思っています。

その上で、作り手の立場から言うのも何ですが、作り手を大事にしてほしいと思っています。

手作りである以上、全ての品物が一点ものであると同時に「こんな色で、こんな形のものがほしい」というリクエストに応じる事は難しいということも、ご理解頂きたいと思います。

そのあたりは、 野菜や穀類の栽培と同じようなものです。

「こんな野菜を作りたい」と思っても、天候や土壌の様子などによって、思い通りのものは出来なかったりします。

むしろ、天候や土壌の様子を深く観察して、何が生み出されるのかを見つめていくような行為が手仕事だと思っています。

こうなってほしいな、という期待をかけながらも、ひとつひとつのプロセスに対して意図を持って向き合いながらも、「結果をコントロールする」のではない向き合い方で仕事をしたいと思いますし、コントロールを手放すことで、起こりうる無限の可能性に対して開いていたいと思っています。 

そして、生み出された結果と、生み出されていく経過のそれぞれを、お祝いしながら仕事をしたいと思っています。

オーダーメイドとは、そういった、血の通った信頼関係を醸成するコミュニケーションであり、文化作りなのだと思っています。

自分の作りたいものを創って、それらを手にとってもらって「身につけたい」と思ってくれる人と出会う冒険としてのレディメイド。

それも素晴らしい仕事だと思います。

そして同時に、オーダーを受けてから生地を仕入れ、裁断し、縫製し、染色し、仕立て上げて、届けていくオーダーメイドには、「その制作過程に寄り添ってくれている人がいる」という安心感や「この作品を手渡す人」が明確に見えているクリアさという素晴らしさがあります。

レディメイドの素晴らしさとオーダーメイドの素晴らしさ。

その双方が共存する世界を創っていきたいと思います。

2017年4月8日土曜日

対話についてのひとりごと

正しい音楽、間違った音楽というものがないように、正しい対話のあり方も、間違ったあり方も、ない。
正解のないテーマを、試行錯誤しながら見つめていくことのおもしろさ。
そして、実践を通じて試行錯誤を続けている人と出会えた時にあふれてくる、なんともいえない嬉しさに、眠気もふっとび、かつ癒される。
言語コミュニケーションの難しさ、奥深さ、果てしなさと真摯に向き合う人びとに、心からのリスペクトを送ります。





たどり着くことが目的なようで、歩むことそのものを楽しんでいるともいえる。


今この道を歩けている事自体がありがたい。
その道に、同朋の姿があることがありがたい。


出会いに感謝。
対話の機会に感謝。
言葉という不自由な道具を使うことで、常に自由であることに気づいていくのかな。
有限な道具を使うことで、常に無限だということに気づいていくのかな。
言葉・・・。
いつか手放すために、この道具を使っているのかもしれないなと思う。
だとしたら、いつか失われるかもしれないこの言語を、その美しさを、そのはかなさを、そばにある限り大事に大事にしていきたいと思う。
言葉を通じて生まれる繋がりのひとつひとつを、大切にお祝いしていきたいと思う。

追記:東京の財産は人間、だと思っている。たくさんの人たちの魅力。本質の輝き。そこに触れる機会が日々やってくる濃厚Sessionデイズ。そして、そのような出会いをもたらしているのは場の力。シェアハウス、カフェ、場を作り、出会いや化学反応が生まれる事を静かに支える人びと。そのありがたさをしみじみ感じています。本当にありがとう。



2017年4月6日木曜日

お金についてのひとりごと

ギフト経済、ギフト・エコロジー、地域通貨、物々交換。
どれも素晴らしい取り組みだと思うし、それらを経験することで沢山の学び、気付きが得られるとも思う。
それはとても勇気のいる、しかし希望に満ちた冒険だ。
そしてその冒険を共に出来る仲間がいることも、とても大きな希望。





一方でこうも思う。
お金を払いたくないから、ギフト経済。
お金を払いたくないから、物々交換。
お金を払いたくないから、地域通貨。
negativeな思いを、何かで塗り替える事は出来ない。
何か新しい概念を取り入れていく事も大事だが、それまで持っていた思い込みや想念を見つめて、受け止めなおして手放すProcessも、一方でとても重要だと思う。
円、ありがとう。
ドル、ありがとう。
メガバンク、ありがとう。
私を支えてくれてありがとう。
愛と感謝と敬意を持って、関係性を新たなものにしていくこと。
・・・



negativeな思いやnegativeな捉え方そのものと対峙して、
その思いや捉え方そのものに変化を起こさなければ、
それは対処療法にしかならないだろう。
風邪ひいて風邪薬飲むみたいに、その瞬間は症状が収まるが、
その症状を生み出す根っこに変化が起きなければ、
いずれ形を変えて新たな症状が出て来る。
その症状の原因を「お金のせい」とか「バビロンのせい」とするのは、
風邪はウイルスのせいとか、環境汚染のせいとか言っているのと一緒で、
結局、根本原因を引き受けていないことになる。
そして自分の身の回りに起こる出来事や、自分の感情や想念の動きの原因を外部に求めている以上は「原因は外にあるのだから、私に出来ることはない」という無力、諦めに繋がり続けることになるのではないかな。




ギフトや交換経済や縄文式や地域通貨や円やドルなどの法定通貨。
それらの形と、それらを取り扱う想念や態度や思い込み。
どちらに変化を起こす事が目的なのだろうか。
法定通貨を壊したらOKなのだろうか。
バビロンを潰したら解決なのだろうか。
敵は外にあるのだろうか。
お金を哲学すること(または瞑想すること)の大切さを、改めて思う今日このごろ。
忘れちゃいけないことは、世界に存在する全ては、愛につながっているということ。全ての存在に僕たちは愛を宿すことができるということ。ドルも円もバビロンも、すべて愛と直結しているということ。