2016年7月16日土曜日

日本は唯一の被ばく国?

今日は世界で最初の原爆が投下された日。
1945年7月16日、アメリカ合衆国ニューメキシコ洲アラモゴード近くの砂漠でそれは行われた。

すでにその時点で、

「核爆発は、人のいないところで」

という約束が取り決められ、

彼らが「人ではない」と認識する、黄色人種や赤色人種、黒色人種の多い場所のみで大気圏核実験という名の人体実験が行われ続けてきた。

マーシャル諸島、ビキニ環礁、セミパラチンスク、ネバダ、そして日本で。





「日本は唯一の被ばく国」

なんというプロパガンダ。

この言葉を信じることで、日本人はさらに孤立するだろう。

この言霊によって、世界中にいる被ばく者たちと手を取り合うことを拒んでしまっている。

核の被害者は世界中に広がっている。

だから僕は、広島、長崎、福島を同列に並べることを好まない。

せめて並べるなら、ウラン鉱山から。

掘る時点で、被ばくがあるのだから。

ニジェール、ナミビア、オーストラリア、カナダ、アメリカ、インド、カザフスタン。

そこに生きる人達の実情は、ほとんどインターネットには上がってこない。

あまりにも辺境で、ネットも新聞もないようなところだから。






僕は彼ら彼女らの言葉を手記や映画で、または口伝えや直接の会話から知った。

でも、僕は「伝え合うツールがないのだから、知らなくても仕方ない」とは思わない。

知ろうという意識こそが、知と出会う引力になると思う。

その意識は、外からやってくるものじゃないし、道具によって促進されるものでもない。

知る事に対する覚悟を持てるかどうかだと思う。

世界で何が起きているかについて、当事者として生きる覚悟が出来るかどうかだと思う。

知ったことで自分の生活を変えなければいけなくなることもある。

そのことに対して心の準備ができているかどうか。

そこが常に問われているんだと思う。

消費者マインドから当事者マインドへ。

消費者マインドは、相当根深いよ。

口で言うほど簡単じゃない。

簡単じゃないことこそが、本質的な変化を生む力だと思う。

今日は大間原発建設地に行ってきます。

毎年訪れるたびに切り崩されていく平原。

巨大なクレーンが立ちはだかるその圧倒的な風景を見に。

そこで味わうであろう悲しみや怒りや落胆を、自分のものとして引き受けるために。

これが自分の生きる世界の現実だということを、肚に落とすために。

口だけではない変化を生きる当事者としての意識を高めるために。

そして、大間の土地に新たなウラニウムを持ち込ませないために。

この土地で起きている分断や対立や悲しみの連鎖を終わらせるために。

世界のすべての場所から被ばくによる苦しみをなくすために。