2017年1月6日金曜日

福島第一原発と鉄火味噌

まずはお知らせです。

2017年1月14日(土)10時~17時
「福島第一原発に届ける鉄火味噌づくり」@冨貴工房
参加費:無料
昼食:持ち寄り
お申込み方法、会場へのアクセスなど、詳しい情報は冨貴工房ホームページを御覧ください。

さて。

福島第一原発収束作業員に届ける鉄火味噌作りについて、
たまには少し想いを語っておこうと思います。




今から13年ほど前、ウラン採掘現場を始めとする放射性物質を取り扱う仕事に従事している人達の姿に意識を向けた時、そこに無視できない現実が横たわっていることを強く感じました。

※参考
・アメリカでのウラン採掘について
 →映画『ホピの予言

・インドでのウラン採掘について
 →映画『ブッダの嘆き

・福島第一原発収束作業の現場について

僕は、全国各地の核施設を訪問し、労働者や現場担当者、医師などから話を聞き、文献、論文、記事を読み、ウランの採掘、精錬、運搬、加工、原子炉運転、再処理、それらの現場には常に、被ばくと情報の隠蔽の可能性があると認識しています。

そして「放射能対策は必要ない」という事実を信じさせるための圧力が働いている事も感じています。

もし放射能対策が必要だという事を認めてしまえば、放射能は危険であるということを認めることにつながり、世界中の内部被ばく者の保障をしなければいけなくなる。その責任を回避しようとする力も感じています。

僕は「福島第一原発事故が起きる前から、核開発が始められた1940年代以降ずっと、常に放射能汚染と被ばくの事故は起き続けている」と思い続けています。

ウランを掘ったときからずっと汚染のリスクは続いていると思っています。

それぞれの現場の状況は「隠そうとする」政府や企業と、「見ないようにする」たくさんの人達の意識によって隠されていると感じています。

意識的にも無意識的にも「そこに目を向けないように」暮らしているようです。

そのような意識で生きることが自然であるかのように、社会全体がデザインされているようにも思えます。

原発から出る放射能のみならず、たとえば芳香剤や柔軟剤や漂白剤などの化学薬品を使っている限り、その化学薬品や製造過程で生まれる化学物質がこびりついた工場煙突や配管を掃除する人がいます。

誰かがそういう仕事をするという状況を「自分たちで作っている」というリアリティの欠如が、そういった作業現場を私たちの暮らしから切り離し、差別や隠蔽が横行する世の中を作っているように感じます。

そして、これから増えていく作業の一つは、日本中に50基以上作ってしまった原発の廃炉作業。

世界で最も原発が密集している日本列島。

世界で最も、放射性物質が付いた施設が密集している日本列島。

その放射性物質、どこに持っていくかという話ばかりだと、正直うんざりしてしまう。

どこに持って行こうが、そこはひとつの世界。

地球が地元、太陽系が地元という意味では、
どこに持って行こうがそこは地元だし、庭先だし、近所なのだと思う。

そこで管理をしている人達は、家族であり、隣人なのだと思う。

「誰がどこでどのようにそれを扱っていて、その人達はどんな気持ちでいるのか?」

そこに、出来る限り深く、つながっていたい。

もっと具体的に言えば「今までと同じような差別構造、隠蔽構造の中でそれをやるの?」というようなところを、自分に問いたい。

差別も隠蔽も、無関心から始まる孤立が、それを促進するのだと思う。

思考停止から、意識の中から存在を排除することから、それが始まるのだとも思う。

2011年以降、日本で新しく始まった被ばく労働。

除染作業。

収束作業。

そして増え続ける核廃棄物の管理、輸送、運搬、埋設、中間貯蔵。

その現場のひとつひとつ、暮らしのひとつひとつは、みなつながっている。

共に生きている。

「今、どこで、誰が、どんな状況の中で、どんな気持ちで働いているのか?」

せめてその空気を、息遣いを、感じたい。

理屈ではなく、感覚。

どれだけの電気を使うために、
どれだけの施設を動かしていて、
どれだけの人が、どんな作業をしていて、
どんなものを食べて、どんなところで寝てるのか。

それを今、定期的に福島に通って聞ける状況をなんとか作れている。

すごく、細々とではあるけれど。

その細々さに、途方に暮れる事もある。

正直、バッシングされることを怖がっているところもある。

今の日本政府の政策は「原子力産業を継続して支えていく」というところにある。

以下は1969年に発表された外務省の文書の一部。


・・・

「わが国の外交政策大綱」

核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、

当面核兵器は保有しない政策はとるが、

核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(能力)は常に保持するとともに、

これに対する掣肘(せいちゅう)を受けないよう配慮する。

又、核兵器の一般についての政策は国際政治・経済的な利害得失の計算に基づくもの

であるとの趣旨を国民に啓発する。

・・・


核兵器を作るために必要な、ウラン採掘、精錬、濃縮、転換、輸送を可能にする技術と経済力を保持すること。

原子炉の建設、運転、管理のための技術、技術者を保持すること。

それらを支える経済を保持すること。

それらを保持することに対する掣肘(わきから干渉して人の自由な行動を妨げること)を受けないように配慮する事が政策として決められている。

その力の存在は、各地で原発の建設や核関連施設の建設計画に抗議する人達の体験を聞いて知っているところでもあるし、僕自身も2011年福島第一原発事故以前はとりわけ、反原発的と取られるような活動を活発にすればするほど、(名前は挙げないが)原子力開発推進関連の組織や個人から付きまとわれたり、嫌がらせを受けたりしてきたという実体験を持っていることからも、肌で感じている。

だから、この取り組みの事はあんまり発信したくない。

怖いから、だけでなく、、、何らかの圧力によって、せっかく見つけた「細い細い現場とのつながりの糸」すら断ち切られてしまうことを、心から避けたいと思っている。

味噌を作るにあたって、、
大豆を作っている人、
糀を作っている人、
塩を作っている人、
とつながりたいと思う。

切実に、そう思う。

その思いは、理屈ではなく感覚的なもの。


味噌も電気も、誰かが作って、誰かが運んで、ここにある、有り難き恩恵。

たくさんの電気を小さな地域で作って、広大な地域に住む人達が「その電気がどこで誰がつくったものなのか」を意識せずに暮らしている。

そのような世界を容認し続ける中で、2011年の春、4つもの原子炉を壊してしまった。

鍋だって、圧力釜だって、壊れるまで使うか、壊れる前に使うのをやめるかしかない。

壊れるまで、そのまま使い続けた。


2013年に聞いた話、その頃、福一の施設内で働く人たち、特に4次受け、5次受け、6次受け、7次受けの人たちの一部において、、、事故後すぐの労働条件は本当に劣悪で、、労働時間も伸びるし、休憩時間は減るし、飯もコンビニ弁当やカップラーメンばかりだという。

そんな食事で根気つけるの大変だろうな、と思った。

ちょっとでも精のつくものを送れないだろうかと考えて考えて、浮かんだのが鉄火味噌。





牛蒡を1ミリ角に刻んでいく。







牛蒡、蓮根、人参、生姜を細かく刻む。

細かく刻んだ根菜類と長期熟成豆味噌を

鉄鍋や銅鍋で3時間以上、極弱火で炒め続ける。






その後、細かく刻んだ生姜を入れて少々炒めて出来上がり。






戦国時代、足軽と言われた歩兵にこそ、この鉄火味噌を持たせていたという。

養生になるものは、馬にも乗らず自分の手足で動く現場の者たちにこそ、
作って、配られていた。

原発からエネルギーをもらって、そこで働く人達のおかげで電気が作られ、運ばれ、
その恩恵に暮らしが支えられている。

ちょっとずつでも、現場に養生食を。



この写真は北海道江別での様子。

そして作れる様になった人達と、福島に送る取り組みを恊働中。

全国各地で知り合った人達と鉄火味噌づくり。
地道ではあるが、むこう何十年でも続けていきたい。




・・・


「チェルノブイリ28年目の子どもたち2」という映画を見た。

ウクライナにおいて、疎開保養・転地療法のニーズは、減るどころか増えている。

日本ではどうなるでしょう。

ウクライナでは、原発事故直後に振りまかれた放射性物質による被ばく者だけでなく
その子供、孫にも影響が出ている。

そして、原発事故の収束作業員や廃炉作業員の子供、孫にも影響が出ていて

彼ら彼女らも保養施設(多くは国営!)のお世話になっている。


 




※この2つの映像はyoutubeだけでなく、DVDも販売されています。
これらのDVDは上映権が付いているので、身の回りの人達を誘っての上映会も実施できます。
詳しくはこちら→our planet tv



安全圏に住む人達と、危険と思われる場所に暮らしている人達がいる。

ここは安全なのか。

ここでは放射能を気にしなくていいのか。

放射能を気にしなくていい場所はあるのか。

そこに境界線はあるのだろうか。

身近な誰か、家族、親戚、友人、友人の家族や親戚、
または自分自身が、原子炉や核関連施設で働いている姿が思い浮かぶ。

誰かが被ばくしているという現実が、目の前にある。

そのイメージは、生活の中でいつも、自分の意識の中に飛び込んでくる。

そのたびに、いろいろな事を考える。

せめて皆の食卓に手前味噌は置いておきたい、とか思う。

生活の中で、そんなことばかり考えている。

味噌、梅干し、ごま塩、三年番茶のこと。

壊れた原子炉がすぐそばにあるような状況で働くのなら、
そこにさらに鉄火味噌や朝鮮人参や霊芝など、置いておきたい。

Twitter上で「味噌が放射能対策になるなんてオカルトだ」と言れた時、静かにスルーしたつもりだったが、少しのモヤモヤは残った。

そのモヤモヤは「こう言われる事で萎縮する人がいるかもしれない」というところから始まるものだった。

議論は大事だと思う。

と同時に、机上で議論ばかりしてることや、議論に萎縮する人が増えることで、実践の動きが止まったり、鈍ったりすることは避けたいと思ったりもする。

味噌は身体にいいのか悪いのか。

その議論もいいけど、せっかく味噌に興味を持ったのに、作ることより議論することに時間を割いてしまうというのはもったいない。

そして「詳しくないと話してはいけない」という空気ができることも、避けたいと思う。

わからないことばかりなのだから、調べたり、情報をとったりしながらも「やりながら考える」ということも、大切にしたいと思う。

そんな思いもあって「じゃあ、いっその事、味噌に関する実験や研究の論文、各種の説、歴史や民俗的な文献などにしっかり目を通して、それらの情報を味噌ライブラリー的にみんなでシェアできるようにしようかな」というところに、今は意識が向いている。

どんな意見も、その時はちょっとムッとくるような声も、しっかり体内で醸されてくると、何か新しいことを想起、実践しようとするきっかけになっていることもあるのだなと思ったりします。

東京築地にある『全国味噌工業協同組合連合会』および「みそ健康委員会」には、「みそ文化誌」を始め、たくさんの書物、文献が並んでいます。
国立がんセンターや広島大学教授の研究レポートなどもまとめられています。

被ばくや放射能に関心がある国会議員さんやその秘書さんに相談することで、国立国会図書館経由でウクライナやベラルーシでの保養、健康管理、健康への放射能の及ぼす影響、などについての資料を入手することが出来ました。
とてもありがたいことです。

放射能による体と心の健康に対する影響、その対策、
それらの情報はバラバラに点在していて、今後、整理が必要だとも思ったし、
それをやるのも自分達なんだなと思ったりもしている。


・・・

そして、大事にしたいのは、代々受け継がれてきている伝統という名のエビデンス。

ばあちゃんもじいちゃんも、なんなら10世代以上前からずっと、
うちは代々、ハラを下したら味噌汁で治してたんだよね。
というような物語。


味噌の効能について江戸時代の書物「本朝食鑑」の「味噌」の項に、
次のように書かれている。


・・・

味噌は腹中をくつろげ、血を活かし、百薬の毒を排出する。

胃に入って、消化を助け、元気を運び血の巡りを良くする。

痛みを鎮めて、良く食欲をひきだす。

嘔吐をおさえ、腹下しを止める。

髪を黒くし、皮膚を潤す。

・・・


大正時代に「主婦の友社」が全国の主婦たちから情報を集めて編纂した「黒焼き五百選」の中には、ナスの黒焼き、梅干しの黒焼き、ヘチマのへたの黒焼き、鼠の黒焼き、蝙蝠の黒焼きなどのレシピと効能が記されている。


その前書きには

「科学は常に発展途上の学問であるから、その科学によって解明されない効能があったとしても、歴史的、実践的に効果・効能が認められるものに関しては、一笑に付すべきではない」

と書かれており、科学一辺倒の思考に対して警鐘を鳴らしている。


前述の『全国味噌工業協同組合連合会』が編纂した『みそ文化誌』によると、古くは今からおよそ5000年前、中国大陸にあった「周」という国が国家を挙げて編纂した「周礼(しゅうらい)」という食養生のレシピ集の中に、味噌のルーツのような発酵食品「醤」を作る職人が多く存在し、彼らは国から給料をもらいながら発酵食品を作っていた。

その”政府オフィシャルの発酵食品”の種類は120種以上。

それらを国家予算で研究し、作り方、効能を書き記してきた時代がある。


今で言えば「厚生労働省」のように「発酵省」とか「味噌庁」とか「豆味噌課」とかがあって、「あの人は豆味噌課長」とか言われていたということだろうかと想像する。

公務員さんが「あの人の玄米味噌のレシピはやべえ」とか言われている情景を想像する。

もちろん科学的データも大事だとは思う。

でも、一神教のように盲信して、他の考えを排除するところまで行ってしまうのはどうなのかとも思う。

基準値に関しても同じ。

ベクレルやシーベルトやカロリーといった、
一部の人達が適用してきた物差しによる数値は、
自分の理解の根拠のごく一部としておきたい。

「◎◎シーベルトだから安心」という形で、
単位を安全・危険の根拠にしすぎる事はしたくないと思っている。

そして放射能対策に関して、
科学にこだわるのと同じように日本古来にこだわるつもりはない。

ウクライナ、ベラルーシ、ロシアから学ぶものは多い。


と同時に、この体は日本列島の気候風土によって育ったものだということも認識したい。

あくまでもこの日本列島の、環太平洋の、ここの気候風土、文化の中で出来上がった自分たちの身体養生については、日本古来の伝統、作法、養生術、ライフスタイルから学べる部分が大きいように思っている。

そしてさらにいえば、確かに鉄火味噌を食べると、そのあと集中力が持続するし、ボーッとしかけていた意識がシャッキリするとか、時には梅干しがその働きをもたらしてくれるといった実感の積み重ねによる理解も大切に育てたい。

たとえば、継続して食事を治療ととらえて自分に処方していると、
体質そのものが少しずつ変わっていくというような実感を大切にしたい。

実感的エビデンスの大切さ。

・・・

日本中の原発が、世界中の原発が、廃炉になってから、さらに数十年以上、
ウランとウラン由来の核分裂生成物達の世話をしなければいけない。

それを誰がするかというと、わたしたち。

と思うので、、、

その管理の仕事にまつわる様々なダメージやプレッシャーやストレスを、
その暮らしを、その食卓を、少しずつでも、いい方に変えていけたらと思う。

それをするのも、わたしたち、と思う。



以前「その取り組みは『冨田さんは他の人がやらないような特別なことをやっている人』という評価を高めるにはいい取り組みですね」と言われたことがある。

その言葉にむっときた。

と、同時に
「おいおい。むっときたってことは何か思い当たるフシでもあんのかい?」
っていう心の声が聞こえてきた。

たしかに、今までろくな生き方してこなかったという罪悪感の裏返しで「何かいいことをしよう」と思い過ぎている自分もいた。

その自分がすべてではないけど、そういう自分もいた。

あやうく、自分のやっていることに「酔う」ところだったのかもしれない。

言われたおかげでそのことに気付いた。

気づけてよかったし、その上で「確かに自分は、”いいことをする”ためだけでなく、純粋に、自分の心が動くからやっている」という事を再確認もできた。

今も、自分の気持ちとつながること=チェックインすることを大切にしたいと思っている。

「今、どんな気持ち?」

「何を感じている?」

そことしっかりつながりながら、取り組みたい。

罪悪感、虚栄心、いい悪いに分ける意識、、、

それらの意識を毛嫌いしたり、排斥するよりも、、、

そういう気持ちがあるならあると、認識すること。


あんな仕事やこんな仕事があることを認識するように、

あんな気持ちやこんな気持ちがあるということを認識する

感覚麻痺で進んで行きたくないと思う。

暮らしに身を置きながら、
福島第一原発やそこで働く作業員をどのように感じている自分がいるのかを感じ取る。

その過程の中で、現実認識に変化が起こる。

その変化が、何かの行動を起こしたり、行動に変化を起こすことを促すことがある。

自分で鉄火味噌や味噌や梅干しを作って、それを食べながら、
自分よりも過酷な現場にいる人達に対して、
彼らが味噌や梅干しを作る時間もない状況にいるなら作って届けたいと、
ふと思ってしまった。

もちろん鉄火味噌を作って送っていればそれでいい、とも思っていない。

「やったら気が晴れた」

なんてことはまったくない。

知れば知るほど、つながればつながるほど、悩みは増えるし、問いも増える。

同時に、彼らが食卓に座っている姿を、前よりもリアルに思い浮かべるようにもなった。

その悩み、その問い、そのイメージを持ちながらの暮らし。

心を刺激するような事を言われたり、助けられたり、新たな発見をしたり、
新たな縁が生まれたり、新たな悩みが生まれたり、
「これだけやってても仕方ない!」という葛藤が生まれたり。

そうやって「ベストじゃないと思える取り組み」は、
常に次の何かを生み出す力になるのだと思う。

いつまでも鉄火味噌を送るだけをやっていくつもりはない。

それはわかっている。

でも、今はこれで精一杯。

思いの火がついたら、無理したりして、等身大を超える頑張りをしたりして、
燃え尽きたりしないように、その火を消さないように、大切に活かしていきたい。












・・・

暮らしの中で、ふと灯される思い。

誰かやどこかを思いながら何かを作りながら、
自分の暮らしと遠く離れていたように思っていたどこかと今の自分がつながっていく。

暮らしの中に福島第一原発がある。

そのことを忘れずにいたい。