2018年4月18日水曜日

底に在るものに触れたままで

継続的なコミュニティ作りをしていると、「これは世界の縮図だな」と思うことがある。

アースデイ永田町しかり、冨貴工房しかり、みそ部しかり、海旅キャンプしかり、ソーヤー海君や三宅洋平君と作っている名前のつけようのない何かもしかり。

もちろんパートナーシップや家族関係も、しかり。

意図を持って向き合えば向き合うほどそう思う。

ふと箱庭療法を連想する。

自分達のコミュニティの中に、世界の様々な場所で起こっている出来事や、感情や、関係性におけるテーマを、引き込んでいく、引き受けていく、担っていく。

引き込んで、引き受けて、担って、我が身のように喜んだり、痛んだりする。

そしてその体験から、何かを得て、何かを収穫して、越えていく。

我が身を成長させていく。

コミュニティを成長させていく。

そうやって世界全体が育つ事に貢献していく。

治療と成長は紙一重だなと思うことがある。

進化には、痛みが伴うものなんだなと思うことがある。

古いOSを脱ぎ捨てて、新しいOSを導入していく、出会いと、別れ。

死にゆくものへの悲しみと、産まれくるものへの喜び。

悲しみと喜び。

嘆きと祝い。

片方だけに溺れる事がないようにありたいと思うし、そうならないための、コミュニティに属さない、孤独な自分と過ごす時間も空間も、大切にしたいと思う。

暗い話になってしまったようだけど、暗い話を恐れないでほしいとも思う。

闇に潜む事を、恐れないでいたいと思う。

暗い話をした時に、反射的にアドバイスをくれたり、励ましてくれる事があるけれど、それを嬉しいと思わない事も少なくない。

川にも海にも底があるし、光を当てたら必ず闇や影ができる。

世界の全体を愛するなら、そこに触れていること、そこにいる存在と、ただ一緒にいること、そこに在る存在の息遣いを感じることは、とても大切なことだと思っている。

意識の深層にあるものに、触れていたい。

それが今の僕の中にある、最も強い気持ちかもしれない。

世界に溢れる涙を溜め込まずに泣き切り、世界に溢れる喜びを喜び切りたいと心から願う。


祝島から見た朝日が原発建設予定地の海岸を照らしていた