2018年4月24日火曜日

検査のデリケートさ。関わることと広めること。境界線を越えること。

新潟の阿賀野で行われた保養、風フェスの報告の続き。

この保養の最大の特徴は、ドクターによる健康相談と検査があること。

もちろん他にも特徴はあると思うけれど、医師や看護師がこんなに参加している保養は他に聞いたことがない。

そして、だからこそ、この保養の存在は知られにくい、とも思う。

広めにくい、と言ったほうが正確かもしれないけれど。

そして、広めればいい、知ってもらえばいい、とも思えない、ということも付け加えておきたい。

例えば食品の放射能汚染が発覚したとして、その情報の広め方については、とてもデリケートに扱ったほうがいいと思っている。

例えば「◎◎産の梅から◯ベクレル出た」と騒ぐ人がいる。

その言葉の使い方によって、その産地の作物全体を買い控える人が出てくるとしたら、これこそが風評被害と言えると思う。

よかれと思った行動が、逆効果を産むことがある。

この人、誰を助けたかったんだろう、と思う。

誰かを守って、誰かを犠牲にしてはいまいか、と思う。

また、梅のような(または梅干し)のような、1回に数グラムしか食べないものと、1回に数百グラム食べるようなものでは、同じ汚染度(◯ベクレル/kg)でも、影響は大きく異なる。
そういった補足、つまり実生活に落とし込んだ情報として渡す親切さも、大切だと思う。

生産者、産地への配慮がない発信に、僕は暴力性のようなものを感じる。

それは、動物愛護を叫びながら、肉を食べたり動物園に行く個人を精神的な病気に追い込まれるくらいにまで叩く構造とも似ていると感じる。

そういった事が、健康検査の現場周辺にもうごめいている。

保養に関わっている事がわかるだけで、左遷されたり、圧力をかけられたり、ハラスメントを受ける医療従事者がいる。

健康検査を受けた(または受ける)と言うだけで、地域の中で孤立する人がいる。

保養に来る、というだけでハラスメントを受ける人がいる中で、健康検査も受けるとなると、その圧力はさらに強くなる場合がある。

地元の経済を守りたい、原発産業を守りたいという思いによって、命を守りたいという個人が攻撃されている。

だから、基本的に風フェスでは、記念写真や集合写真に参加者さんが写り込む事はない。

医療従事者の姿も、ほとんど写ることはない。

ここに居る、ということがバレるだけで困る事が起こる。

今の社会は、そういう状況。

何かを守る為に、何かを攻撃する、ということが無自覚に起こっている。

それが現実。

だから風フェスの存在は、知ってほしいような、知られてはまずいような、とても微妙な状況に置かれている。

実際今回も、同じ町から、誰にも告げずにやってきて、現場で出会って「あー!来てたのー!」と言い合っている姿を見た。

こういうことは、少なくないんだよね。

悲しいけれど、これが現実。

そして、こういった現実を作ったのは、セシウムではなく、僕達の作った社会の有り様だと思う。

そして、だからこそ、変えていけるところがあるとも思っている。

伝え方、聞き方、理解の仕方、コミュニケーションのあり方。

さっき書いたような、汚染の状況や被ばくの状況の伝え方、受け止めた方、コミュニケーションのあり方を、もっともっと丁寧に、見つめ直していきたいと思う。

僕はこの4回、甲状腺検査の助手をしている。

最初は、 「え、いいんすか?素人すけど。」と思う心もあった。

と同時に、立ち会えること、関われること、医療班に含めてもらえることに、とんでもなく大きな嬉しさがあった。

自分のやれることの幅を、どこまでも広げていきたいと思っていたから。

関わってみて、「これは、関わったほうがいいな。」と思ったし、今は、「関わったほうがいいかどうか」ということの先の、「現場の何をどう改善できるか」という質的なところに意識が向いている。

検査をするのは医師や検査技師。

そして、検査の作業そのものの補佐をする助手がいる。
被験者さんにベッドに横になってもらったり、カルテを取ったり。

そして僕は、その仕事を時折やりつつ、メインはデータ管理とデータの利用。

1回目の時は、検査機器からデータをUSBメモリで取り出して、プリンタで印刷をして、受付で被験者さんに渡す係。

2回目の時は、風フェスに関わり続けていた甲状腺専門の医師が四国に引っ越した為、それまで心電図検査をしていた検査技師さんが甲状腺検査も兼任する事になったので、もし専門家への相談が必要な状況があったらメールでデータを四国に送る必要があり、このやりとりも僕が担当した。

書いてみるとややこしい話だけど、実際、このやりとりは大変だったなー。

検査と検査の合間に、データを抜き取って、PCでデータを変換して、送信して、そして電話も入れる。

ちなみに、このやりとりをしながら、各被験者さんの過去の検査結果を見つけ出して閲覧する作業も並行していた。

そして、やっていて思った。

これは、甲状腺の専門家ではなくても出来る仕事だし、「自分は甲状腺の専門家ではない」という引け目を感じて関わる事を辞めていたら、この現場をとんでもない仕事量と共に孤立させていたことになっていたかもしれないんだな。

検査の現場で大事だと思ったことはもう一つ。

それは、心のケア。

子どもをベッドに横たわらせる。

子どもの喉元に検査器が当てられる。

その姿を見守る母の眼差し。

勇気と覚悟と、不安と心配。

なんとも言えない、様々な感情が入り混じった心。

この場をなるべくリラックス出来る状況にするために、スタッフは心を配って会場デコレーションをしている。

検査スタッフが忙しそうにしていたら、親は心配に思うかもしれない。

気持ちが落ち着かないかもしれない。

大丈夫、リラックスしてくださいね、と言える空気を大切にしたい。

言える自分たちであることを、大切にしたい。

ここに関わることは、とてもデリケート。

何人もの涙を見た。

被験者だけの涙ではない。

検査技師、看護師、そして自分自身も含めて、とても心が動く現場。

この現場を知ってほしいと、安易には思えない。

ここを、守りたい。

そのほうが先だ。

広めるよりも、守ること。

と同時に、関われる人が増えたらいいとも思う。

複雑だね。

でも、この複雑さから逃げないでいたいな。

さて、今回も、大変だったなー。

今回は、検査中に電気屋に走ったりもした。

機器が変わったことで、データを印刷するための手間が増えた。







この、iPadみたいなハンディな検査機は、使いこなせれば素敵で便利な機械だろう。

でも、使いこなすために、当日の朝からの準備では、間に合わないところがあった。

朝のmtg中、この機器の中にインストールされているインストラクション(しかも元々英語で創られているものを、グーグル翻訳的なカタコト日本語に変換されたものだから、超わかりにくい)を急いで聞いて、速攻で必要な準備をするが、この機器からデータを抜き取って印刷するには、どうしても道具が足りないことがわかった。(具体的にはマイクロUSBが必要だった)

ということで、検査が始まる直前に電気屋に走り、検査中に戻ってきて、検査の合間に設定をし直して、データを抜き取ってプリントをするテストをして、何とか形になった。

ヒヤヒヤだったし、このヒヤヒヤのバイブスが、多少は現場に影響したんじゃないかと思っている。

と同時に、このような予測の範囲外の事は必ず起こるとも思っている。

だからこそ、その状況に関わる一人でいれてよかったと思う。

「ここは任せて」と言える領域を持てることができてよかったと思う。

現場の改善に対しての提案が出来るし、提案を聞く事も出来るし、それらの話し合いをまとめて、次回に活かす事も出来るし、その為の準備にも関われる。

なんとかなってよかったし、次はこの経験を活かして、よりよい対応が出来るとも思っている。


なんでこんなことを日記に書くかというと、医療の専門家でなくても、出来ることがあるし、現場の環境をブラッシュアップしてより良いものにしていく試行錯誤は、多分これからも、医療専門家だけではない関わり合いの中で、常に現在進行系で進んでいくと思うから。

そして、そのようであるということを、知ってほしいと思うから。

今回は、参加者の数が前回より少なかった為、検査と健康相談は午前中で終わった。

そして、各方面の専門家であるドクターと看護師同士が集まって語り合うランチがあり、その後は風フェス代表の真由美さんによる放射能の基礎講座があり、その後は、ドクターと医療班と参加者やスタッフの希望者が参加する茶話会をおこなった。

ということで、今日の日記はこれくらいにして、また続きを書こうと思います。

・・・

僕たちは無自覚なうちに、「自分に出来ることなんてないのでは」と思ってしまったりする。

でも、その境界線を踏み越えて関わってみると、何か一つは出来ることがあったりする。

アースデイ永田町を通じて、政治の素人である僕達にも出来ることがある事がわかったし、海旅キャンプを通じて保養なんてやったことのない僕達にも出来ることがある事がわかった。

そうやって、何度も何度も、境界線を踏み越えていくことが大切だと思う。