2018年4月25日水曜日

悩むことと、蛹になること。

新潟での保養、風フェスについて、の続き。

甲状腺検査の為に必要なマイクロUSBを買いに行く際に、スタッフで来ていた大学生に車を運転してもらった。

そこで小一時間、二人で語らう時間が取れた。

この時間がすごくよかった。

彼女は進路について悩んでいたんだけど、僕は、悩みも持たずに大人達の用意した選択肢から未来をチョイスするより、どうしたらいいものかと悩んでいる姿をこそ、正常だと思ったし、そう伝えた。

僕は、悩んでいるよ。

これからの未来について、もちろん希望を感じているけど、それは、受け身な希望じゃなくて、主体性を前提とした希望。

誰かがどうにかしてくれるかな、とか、未来は明るいかな、という希望ではなくて、自分で未来を作っていくという、覚悟と同質の希望。

その、後者の希望が生まれる泉の中には、悲しみとか、怒りとか、落胆なんかも含まれている。

その事を見ないふりする必要はないと思っている。

見ないふりを勧める人もいるけどね。

「ネガティブな事をイメージしたら、それを引き寄せる」とか。

僕は、議論をするつもりはないかな、そこについては。

そう思いたければ、そう思えばいいし、僕も、思いたいように思うようにする。

色んな角度から、色んな深さで、内面を見つめ続けたり、色んな角度から世界に関わったりを続けながら、思い込みを外す為の変革の機会の中に勇気を持って何度も飛び込んだりしながら、今はそう思っている。

これからこの思いが変わることはあるかもしれないけど、今はそう思う。

誰が何をどう思おうが、それは自由。

人の思いを操作しようとしたりすると、思い込みや思考停止状態の人を作ることになる。

それは危険だし、そんなことは望まない。

僕はあなたを操作しようとしないから、僕の事も操作しようとしないでくれと思う。

「今はそう思っている」ということを、お互い大事にしたいと思うから、意見の違う人のアドバイスは、受け取るけれど、ピンと来なかった場合は、それを食べないこともある。

白砂糖入りのおまんじゅうは、もらっても、有難く受け取って、食べないこともある。

そのバイブスは必要ない、と思ったら「はい。結構です。」と、言っていいと思うから。

原発も、もういらない。

戦争も、もういらない。

戦争を支援する法律も、もういらない。

それらを支える考え方も、もういらない。

ありがとう。そして、もういらないです。ということ。

さて悩み。

僕は好きなんだ、とにかく。

悩む人が。

悩むという状態が。

僕はその姿を、芋虫が蝶になる過程の中の、蛹のように感じたりもする。

蛹の体内はカオス。

それまでの体を形作っていた細胞組織が解けて、スープみたいになって、混沌とする。

その後に、それまでと全く違う、それまで全くなかったような組織が組み立てられていく。

悩む姿に、その美しさを感じる。

僕は、色んな人に話を聞いてもらうといいよ、と言った。

「聞いてくれる人、いるから。特に、ここ(風フェス)には、絶対いる。」と付け足した。

彼女は最初、拒んだ。

答がはっきりしない状態で話なんて聞いてもらえると思えない。

怒られたらどうしよう。

普通の大人はそんなことしてくれない。

なるほどなるほど、彼女の知る「普通の大人」は彼女の生きてきた世界の中で出会った大人なんだろう。

親、学校の先生、バイト先の上司。

果たして、この大人たちは「普通の大人」なのかな?

色んな大人がいるはずなのに、出会ったことがない種類の大人が、実は世界にはめっちゃくちゃたくさん、多様に存在しているはずなのに、「これが普通」と思わせてしまう社会があるんだな。

すごく気の毒に思った。

大人が、子供たちに「世界はこうなっている」という偏った価値観、世界観を植え付けている。

もし仮に、彼女が悩まなかったら、自動的に、そういう価値観、世界観のまま、いわゆる「普通の大人」を演じていくんだろうな。

何かを抑圧しながら、何かを我慢しながら。

その意識の根っこには「人は話を聞いてくれない」という考えが染み付いたままなのかもしれない。

それはすごく残念だし、申し訳なくも思った。

そうじゃない大人のあり方を、少しでもシェアしたいと思った。

で、更に親身(?)になって、話を聞いて、彼女が話を聞いてみたいと思う人が、風フェスの中にすでに数人いるということを知って、その人(友人)と彼女を引き合わせてみた。

そうしたら「話を聞いてみたいなんて言ってくれて、めっちゃうれしいー!」と喜んで受け止められ、大学生の彼女の周りには人だかりができて、彼女たちの話を聞く会、が立ち上がってしまった。

若者たちの力になれたら嬉しい、という大人はたくさんいるよ。

何かを教えたり、指示したりするのではなく、ただ話を聞いたり、求める事に応じてあげたいと思う大人はたくさんいる。

世界には、そういう人もいる。

その事が伝わって、本当に良かった。

子どもたちに絶望を与えてしまった世界を変えることに、ちょっと貢献できた気がした。

あと、僕が想像していた以上の受容力と、喜びによって彼女を受け止めてくれた仲間たちに、心から敬意と感謝を送りたいと思った。

話を聞くこと、大事だね。あらためて。

ついアドバイスをしそうになるけど、分析したりとか、提案したりとか、しがちになるけど、ただ受け止めて、自分の心が動くままに、相手に貢献していこうとすることが、自然な関係性づくりなんだなと思った。

ということで、書いてみたら、このエピソードだけで長文になってしまったので、今日はここで終わります。

続きはまた明日か明後日かに。