2018年5月11日金曜日

元はファーム、今は草叢。都会の農耕と狩猟採取。

5月5日立夏。

マルシェの間、工房斜め裏の畑に、行ったり来たりを4回。

ここは元々、コミュニティファーム。


主に近所の人たちが小さな一畝づつを借りていた。

その前は、ここは長屋だった。

でも、僕がここに移ってくる直前、今から7年前くらいに放火にあって長屋全焼。

今、長屋は壊したら、建築基準法などの影響で、再び建てられない。

それもあって、この辺でも、いったん古い建物を壊したら、駐車場にしたり、ビルやマンションやコンビニにしたりして、少しずつ雰囲気が変わってきている。

実際、十三の駅前の古い建物は放火にあって、その後、「復興を支えます」という看板が立ったけど、その看板に載っている企業の名前は、ほぼ全部、外様大名(多国籍企業)ばかりだった。

で、元々の建物に入っていたテナントは立ち退いて、なんだか新しい、地元っぽくないお店がやってきた。

クラッシュ&ビルド、という言葉を思い出す。

人為的に災害を起こしたり、人為的に内戦を起こして、そこに後から入って復興に関わって、そのままそこに居ついて、経済を動かす力を得て、時には政権もとる。

これは世界中で起きている、侵略とか進出を行う上での典型的手法。

そんなことになったらやだなーと思ってたら、畑になった。

なんか、屈しない人達って感じで、僕はとても好きになって、(たぶんそんなこと意識してないと思うけど、そこも含めてとても好きになって)、絶対この畑を借りよう、と思った。

賃料が高くても安くても、とにかく、その取り組みと心意気に、僕からもお金とエネルギーを乗せたいと思った。

で、僕はオープンからクローズまで、4年間くらい畑をしていた。

藍を育てて染めたり茶にしたり、大豆を育てて味噌にしたり、麦や人参やトマトやキュウリやオクラを蒔いて、育てて、食べたりしてた。

育てるって言っても、ほとんど観察してただけだったけど。

虫に食べられたり、周りの草に負けそうになっても、何が起きても基本的には「このあとどうするのか、見てみたい」となって、芽が出てから種をこぼすまでを観察するのが好きだった。

もちろん、生命的本能だと思うけど「今、こいつを食べたい」と思う時は、摘んで、食べた。

後半はハーブだらけだった。

僕の借りている畝には、ヤロー、ホーリーバジル、フェンネル、などなどが勢力を広げていった。

小さなコミュニティファームだったけど、始まったら、蜻蛉も飛ぶようになったし、蜂もたくさんの種類がいたし、てんとう虫や地を這う虫も多種多様。

虫や鳥が、それぞれ数十種類、数百種類来るようになったと聞いた。

最初はどっから来たんだ!?と思ってたけど、、

あとからしみじみ思ったのは、みんな、待ってたんだなーってこと。

人間がアスファルトを剥がして、土の上に立つようになることを、ただ待っている。

彼らは絶滅したんじゃなくて、待ってたんだな、とか、勝手なことを思うようになった。

今もその気持ちは消えてない。

絶滅したと言われている生き物たちは、彼らが生きるのにいい感じの環境が戻ってきたら、また帰ってくるんじゃね?と思ったりしている。

だから、不在を嘆くだけでなく、再会を祝える場を作っていきたいなと思ったりする。

人が蒔いた種から育った植物が落としたこぼれ種からも、この間、色々出てきた。

勢力広げまくったのは大葉とパクチー。

彼らはもう完全に野生化してるし、味もちょっとずつ変わってきている。

何かが混ざっているね。なんだろう。

あと人参も、こぼれたり、あと、たぶん猫などの獣の毛に付いて広がったんだろうけど、飛び地的に広がっていったし、その人参たちが先祖返りしたっぽい感じで、人参ぽい何か、も増えた。

そんな感じで、小さなファームだったけど、僕にとっては充分、箱庭療法的に、癒されたし、植物や、土上や土中の虫、動物達と触れあう時間の継続に、リハビリしてもらっている感があった。

しかし、、借り手が思うように増えず、経営難から、このコミュニティファームは一昨年の夏で閉まってしまった。

経営をしていた方からの最後のメールは「賃料は来月まででいいです。その後は、この場所が残っている間、今まで使ってもらった方は、自由に利用してください。」

というものだった。

僕としては、この畑を使って収穫祭とか、ブッフェとか、企画できたらと思っていたけど、ちょっと間に合わなかったという感じで無念さもある。

そして、この無念さをしっかり味わって、これからもこういう取り組みが行われるように、次につなげていきたいなと思った。

そしてその一昨年、秋にはほとんど誰も来なくなった。

冬には本当に誰も来なくなった。

なんでそれを知っているかというと、この畑の向かいに住んでいるおばあ達が「草刈りしてない状態だから虫がすごくたくさん来てて、家の中にも入ってくるからちょっと困っている」という声を聞いて、ちょくちょく草刈りしにくるようになったから。

このファーム、入るのに鍵がいるから、誰でもは入れない。

誰でも入れないけど虫はいる。

その声を聞いてしまったら無視はできない、ってことで、善意というよりは、気になってしょうがないから、その秋以降、自分の育ててきた畝でハーブを育てたりしながら、たまに草刈りしては、野生化している野菜や野草を摘んで帰るようになった。

ぼうぼうと生え盛る草原のような元畑に入って草を刈るのは複雑な気分。

自然に帰ろうとしている流れに逆らうかのように一人鎌を振っている。

自然回帰に抵抗する最後の農民、みたいな気分にもなった。

このファームがクローズしてから、野生化する自然とひとり通う自分、という関係性になってから、学びや気付きがよりいっそう深まった。

人為的、と、自然、ということについて色々思うようになったし、
近所のオバアたちの気持ちと、新たな生態系を営もうとしている虫や植物の動き。

そして、いまだにここを餌場と思っている自分。

自分も含めて生態系。

自分の意志や本能に敏感でないと、このすさまじいまでの動植物たちの「繁殖する」という意志と釣り合いが取れない気がしてきたし、「借りる」とか「規約がある」とか「囲われている」という中にいる間に受け身になって停止していったっぽい、思考や感性の一部が、くすぐられたり、揺さぶられたりしているような気がする。

間違いなく今は「コミュニティファーム」ではない、名のない、何の意味付けもないこの場所に居ると、なんでここに出入りしてんの?と常に聞かれているような感覚になる。

この、モヤっとした感じが、理屈抜きにここに立つとワクワクする、という本能的な感覚が好きで、これからもここに意識がログインした状態で日々を過ごすことになるんだろうな。

そんなこんなで、なんだかここでただ栽培をするという気持ちにはなれなくなっていって、どちらかというと、農耕ではなく狩猟採取をメインにするように、ここに出入りするようになって2年がたった。

近所のおばあの声を聞いて草を刈ることはやめたくない。

コミュニティファームとして存続していた時は、たぶん多くの人にとってここは素敵な場所だったのに、終わりの方のイメージが「ほったらかしになっていて、家にも虫が入ってきて迷惑だった」になってしまうのはせつなすぎる。

こういう取り組みは、試行錯誤の連続だと思う。

成功も失敗もないし、やったらやっただけ、すごいことだと思う。

いいチャレンジだったね、という形で幕を閉じられたら、また次のチャレンジが生まれる可能性が増えると思う。

僕は、何の責任も気負いもなく、ただ、そういう幕の閉じられ方を個人的に望んでいるから、その望みを現実にするためにも、草刈りくらいはたまにやりたいなと思う。

あと、ここにいると、おばあが話しかけやすいみたいで、この前もスペアミントとパクチーと野ばらを山分けした。

あとは、町の中で出来る農耕と狩猟採取について、実際に鎌を持って、土の上に立って、草や虫と向き合いながら、その土の上で悩みたいし、問たいし、応じたいし、気づきと経験を得ていきたい。

ということで5月5日、土用が開けたということもあったし、1ヶ月ここを離れていたこともあって、マルシェ中の多くの時間を、この草原で過ごした。

お招きしたい友達がたくさん来たから、ひとりひとり連れて、一緒に野草や元野菜を摘んだり、草刈りしたり、野ばらやアロエを植え替えたり、していた。

パクチーを根ごと摘んで、マルシェの会場の向かいにバケツに水を張って置いてみた。

こういうのをギフトエコロジーの実感っていうんだなと思った。

自然は、見返りを求めるどころか、「これをあげる」とか「貢献する」というところもなく、淡々と、何かをもらったり、あげたりしている。

そして、その輪の中に、自分たちも存在している。

食べていいし、その糞尿を戻してもいい。

食べて残ったものは、コンポストに入れて、分解されたらその土で野草や野菜を育てる。

お互いが生きていることがお互いが生きることに自然に貢献しあっているっぽい感じ。

畑の中にどっさりいたパクチー、ぎゅうぎゅうだったところや葉っぱに栄養がいかなくなりかけているのを中心に、けっこうどっさり摘んできた。

それを、マルシェに来たみんなにおすそ分け。





出店していた「むすび食堂」のたかみちゃんは、このパクチーを早速使って定食を作ってくれた。

こういう柔軟さ大好き。

既存のレシピにとらわれず、その場にあるものを大事に、即興でごはんを作る。

大正時代までの料理本には、グラムや時間などのレシピはなかったらしい。

レシピを作る料理家は人気を得るし、彼らに従うファンは増やすけど、自分で感じて考えて、その場にあるものでごはんを作れる人を増やすことになるのだろうかという問いが再来する。

なにはともあれ、ここの空気を吸って、ここにも飛来する虫が糞をする中で育った、徒歩30秒の草叢からの野草をいただけることは有り難い事。







根ごと摘んできた野草や香草、苗ごと持っていって、植え替えてくれた人もいるだろうな。

そうやって種が運ばれていく。

都会に居ても、そこは自然界の一部。

花壇、プランター、コンポスト、動植物たちとのつながり方について、工夫できる余地がたくさんある。

エッジ、隙間、名のつかぬ、曖昧なエリア。

ここをどうやって活かせるか。

楽しく、クリエイティブに、いろんなことが出来るはず。

トンチとユーモアと、近所との関係を大切にする気持ちに水をやりながら、色々できるはず。

近所の中にはもちろん、猫やハクビシンやカラスや蜂や蜻蛉や蚯蚓も、腸内細菌も、色々いますから楽しいですよね。

#OsakaUrbanPermaculture